インタビュー

Vol.01

理事長 高橋尚子

MY EPISODE 〜私とパラスポーツとの出会い〜

Profile

中学から本格的に陸上競技を始め、県立岐阜商業高校、大阪学院大学を経て実業団へ。1998年名古屋国際女子マラソンで初優勝、以来マラソン6連勝。シドニー2000オリンピックで金メダルを獲得し、同年国民栄誉賞受賞。2001年ベルリンマラソンでは女性として初めて2時間20分を切る世界記録(当時)を樹立する。2008年10月現役引退を発表。

パラスポーツに関わる方々に、出会いのきっかけや今後への想いをお聞きしました。

体験すれば、価値観は一瞬で変わる

私はもともとマラソンをやっていたので、出場した大会で車いすやブラインドの方たちとご一緒することもあり、昔からパラスポーツの存在自体は知っていました。ただ、なかなか関わりがなかったというのが正直なところです。

最初のきっかけは、2012年に開催された「スポーツ・オブ・ハート」というイベントです。パラスポーツを皆さんに知っていただき、パラアスリートを一緒に応援しようという趣旨で東京オリンピック・パラリンピックが決定する前から始まったイベントです。私は応援団長という形で関わることになりました。

写真提供:一般社団法人スポーツ・オブ・ハート

この時、私は車いすマラソンの選手と一緒に、子どもたち向けの陸上教室を開きました。集まった子どもたちも、私も、パラアスリートのパフォーマンスを間近で見たり、レーサー仕様の車いすに乗ったりするのは初めてのことでした。

車いすマラソンの世界記録は、私の出した世界記録より約1時間も早い記録です。
なので競技用車いすは、速く走れるものだと勘違いしていたのですが、実際に試乗すると「Qちゃん、大丈夫?」と心配されるほど操作が難しい(笑)。
「相当な努力と情熱がなければ、あれだけのパフォーマンスは出せないのだ」と気がついた瞬間、今までの自分の固定観念が恥ずかしくなりました。

パラアスリートの方たちも、私がマラソンに懸けてきた情熱となんら変わらない情熱を持っている。何も知らないまま「大変そう、かわいそう」と思ってきたのは大きな間違いでした。彼らも、私も、自分の可能性を信じ、そこにすべてを賭けている同じ1人の人間なんだ。そういう共感とリスペクトが、一瞬にして自分の中に生まれたんです。

また、最初は車いすに対して距離と壁を感じていた子どもたちも、自分でその難しさを体感したり、選手たちがものすごい速度で走る姿を間近で見たりするうちに、目の輝きがどんどんと変化していきました。

まるでヒーローやヒロインを見るような、キラキラとした目で選手たちを見つめています。お父さんに「僕にも車いすレーサーを買って!」とおねだりし始める男の子もいて、純粋に「かっこいい! やってみたい!」と思わせるパラアスリートの力に大きな衝撃を受けました。

これは、たった1時間の陸上教室で起こった出来事です。私にも、子どもたちにも、実際に体験することで急激な心の変化が訪れました。相手を知り、尊重するということは、決して難しいことではありません。「人というのは一瞬で価値観が変わる」ということをこのイベントから教えてもらったと思っています。

早いもので、スポーツ・オブ・ハートも10年目。今は音楽や芸術も取り込み、障がいはあってもスポーツに興味がある、スポーツはできないけれど音楽や芸術になら関心があるといった子どもたちがどんどんと集まっています。まるで「共生社会の小さな実現」のような形で広がっていますので、もっともっと多くの方たちに知っていただきたいですね。

パラスポーツに対して一歩踏み出すことは、自分の認識や価値観、そして可能性を広げていくチャンス。これは私自身も強く感じたことです。皆さんにもぜひ新しい扉を開いていただければなと思っています。

大きな連携をつくり、共生社会の実現につなげたい

現在はパラネットの理事長も務めていますので、10年前よりもより深くパラスポーツに関わるようになりました。いま目指しているのは、健常者や障がい者という区別なしに、一人ひとりが自分の可能性を信じ、生きやすい社会にしていくことです。

スポーツというものは、年齢も性別も国籍も人種も、そして障がいの有無も関係なくみんなで楽しめるものです。スポーツ・オブ・ハートに参加したお子さんたちの目がキラキラと輝き出したように、体験する機会というものをもっと広げていけば、共生社会の実現につながっていくと信じています。

そのためには、パラスポーツだけではなく、スポーツ全体がつながりあっていく必要性も感じています。さらに音楽や芸術とも連携することで、一人ひとりがそれぞれの魅力や力を発揮し、尊重しあえるような社会になっていくといいですよね。

私はこのような「大きな連携」というものがとても大切だと思っています。政府や自治体、都市や地方、競技団体や選手、そして子どもたちやスポーツを知らない方たちをも巻き込んで、楽しさや尊敬する気持ちを共有できる機会をもっともっとつくり出していきたいと考えています。

私にもまだまだ知らないことがたくさんありますので、皆さんと一緒に楽しみ、勉強しながら、未来の可能性を開拓していけたらいいですね。

MESSAGE|理事長 高橋尚子

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