パラスポーツに関わる方々に、出会いのきっかけや今後への想いをお聞きしました。
過剰な気遣いをやめて見えてきた“自然体”の距離感
長年、Jリーグクラブの横浜F・マリノス専属スタジアムDJを務めていることもあり、マリノスが運営する知的障がい者のサッカーチーム・フトゥーロの選手の皆さんとの交流や、ブラインドフットボールのイベントなどを通じて、パラスポーツを目にする機会自体はかなり前からありました。ただ、当時は直接的な関わりは薄く、障がいのある方々とどのように接するべきか、適切な距離感をつかめずにいました。
パラスポーツと本格的に向き合いはじめたのは、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会前に、公益財団法人日本財団パラリンピックサポートセンター(現:パラスポーツサポートセンター)が主催していた「パラ駅伝」や「ParaFes」といったイベントで、MCや実況のお仕事をいただくようになってからでした。
最初の頃、車いすの方と同じ目線になろうと、話しかけるたびにしゃがんでいたのですが、相手から「そんなことしなくていいよ」と言われてハッとしました。気遣いはもちろん大切ですが、過剰に気を遣いすぎると心の距離は縮まりません。普段と同じように、障がいのある方々に対してもごく自然に接すればいいのだと気づいたのです。
福祉のイメージを覆す演出と“ちょうどいい”精神でつくる新しい運動会の形
さまざまなパラスポーツのイベントに関わっていくうちに、僕はある課題を感じるようになりました。それは、体験会や運動会といった場において、どうしても“福祉の色が前面に出てしまう”ということです。
例えば、真面目な写真に堅い表現の言葉が並んだ広報媒体では、見る人も勉強を押しつけられているかのように感じてしまいます。多くの人に興味を持ってもらうためには、第一印象で「面白そう」だと思われなければいけません。だからこそ、パラスポーツをもっとエンターテインメントの方向にシフトさせ、競技者たちを純粋にかっこよく見せたいと考えました。
そこで立ち上げたのが「ちょうどいい運動会」です。ラジオ局のノウハウを生かし、競技開始時の舞台効果や競技中のアタック音・BGMなど、演出や音響にこだわることによって、参加者がワクワクできるような空間を目指しています。
「ちょうどいい運動会」の根底にあるのは、“ちょうどいい=Just about right”という考え方です。「ジャストフィット」ほどぴったり完璧でなくていい。少しアバウトでも、遊びがあってもいい。隙のないルールに縛られるのではなく、誰もが参加しやすい“ちょうどいいポイント”を探りながら、まずは楽しむことを最優先にこの運動会をつくりあげていきました。
誰もが主役になれるパラスポーツの魅力
運動会を開催する上で、僕が一番大事にしているのは「いかに楽しくエキサイトできるか」です。そのために、ルール上“平等”であることよりも、競技として“公平”であることを意識しています。
例えば、ボッチャでは時間の制約等を考慮した「光邦ルール」という独自ルールを採用したり、車いすリレーでは身体的な条件によって走る距離やスラロームを調整したりと、どんな参加者でも楽しめる工夫を行っています。
一方で、低年齢だからといって無闇にアドバンテージを与えるような「子どもルール」は設定していません。子どもは、大人から手加減されることを嫌がります。あえて同じ土俵で勝負してもらい、「負けて悔しい」「次は絶対に勝ってやる」という本気の感情を引き出したいのです。 パラスポーツの大きな魅力のひとつは、世代や障がいの有無を超えた真剣勝負ができることです。「ちょうどいい運動会」でも、大人が子ども相手にムキになって「ラインをはみ出している!」と抗議するといった光景がよく見られます。87歳のおじいちゃんと5歳の子どもが対戦し、本気で白熱できるスポーツはほかになかなかありませんよね。
また、東海大学の内田匡輔教授のゼミと共同で考案した「牛乳パック積み」という新競技を、2026年開催の第4回大会から導入しました。制限時間内に牛乳パックをなるべく高く積み上げるというシンプルなルールですが、障がいのある子どもたちも高い集中力で取り組んでくれました。誰もが主役となって本気で楽しめる場を提供し続けるため、今後もパラスポーツの枠に捉われない新たな試みを模索していきたいと考えています。
ラジオというプラットフォームから広がる輪
「ちょうどいい運動会」では“楽しさ”を最優先に掲げていますが、運動会での新しい体験や出会いを通じて、参加者の皆さんは結果として自然と学びを得ているのだと思います。実際に、運動会に参加したリスナーの方々から「初めて車いすに乗り、坂を登る大変さがわかった」「視覚を奪われたことで、いかに日頃の情報の多くを目に頼っているか実感した」といった声が、番組にも多数届けられています。
僕が特に印象的だったのが、不登校などでフリースクールに通う子どもたちの変化です。「目立ちたくない」と参加を躊躇していた子どもたちが、いざ競技が始まると驚くほど熱中し、最後には「楽しい」「来年も出たい」と笑顔を見せてくれたのです。
学校の先生方がチームを組んで参加し、「うちの学校でも導入したい」と、独自に取り組みをスタートされたケースもあります。いつか、全国の小中学校の体育の授業や運動会、体育祭などで、車いすリレーやボッチャが当たり前に取り入れられる世の中になったらいいですね。
こうした熱量は口コミによってどんどん広がっていて、現在では、過去の参加者からの紹介や誘いで応募してくださる方がとても増えています。最初は「福祉のレクリエーションやお勉強のようなものだろう」と言っていた協賛企業の方々も、実際に競技に出てみると「こんなに面白いと思わなかった」と、次々に周囲へ魅力を伝えてくださっています。
多くの関係者を巻き込んだ輪の土壌となっているのが、僕たちラジオに携わる人間が長年培ってきた、リスナーや協賛企業との強い信頼関係です。ラジオは、震災やコロナ禍のような困難な時期にも、お互いに助け合えるあたたかい“プラットフォーム”として機能してきました。
立ち上げ当初、資金調達に難航した時期もありましたが、僕がパーソナリティを務める番組「ちょうどいいラジオ」のスポンサーでもある横浜きぬた歯科さんが「ぜひ協力するよ」と言ってくださったのを皮切りに、多くのパートナー企業さんが「光邦くんのやることなら信じるよ」と応援してくれました。今では、この運動会をきっかけにラジオの提供に加わってくださった福祉関係の企業さんもいるなど、コミュニティとして新たな広がりを実感しています。
言葉にすることが優しい社会をつくる“ちょうどいい一歩”に
現在、日本の教育環境では、特別支援学校と通常学校で分けられてしまうことが多く、日常のなかで障がい者と健常者の子どもたちがふれあう機会はほとんどありません。多様性をうたいながらも、実際には分断がある現状には、強い違和感を覚えています。
僕は、皆がそれぞれ違っていても──いえ、違っていることがいいと思っています。視力の弱い人が眼鏡を外したら見えにくくなるのと同様に、誰もが何かしらを抱えて生きているはずです。違いを特別視して分け隔てるのではなく、それぞれが違う存在として自然に理解し合える社会になれば、いじめなどの問題もなくなっていくのではないでしょうか。
以前、ゴミ拾い活動に参加した際に「今の地球や環境は、先祖から受け継いだものであると同時に、未来の子どもたちから借りているものだ」という話を聞きました。であれば、僕たちにはこの社会を、より良い状態にして次の世代に返していく義務があるはずです。社会構造や政治の責任にして傍観するのではなく、一人ひとりが少しでも優しい世界に変えていこうと行動を起こさなくてはならないのです。
パラスポーツの普及や社会貢献活動に携わりたいと思いながらも、周囲の目が気になり、一歩を踏み出せずにいる方もいるかもしれません。そんなときはまず、本当の気持ちを恐れずに言葉にしてみてください。僕自身、一人では何もできません。ただ、「こんなことがしたい」「あんなことをやってみたい」と口に出したことで、言葉が小さな点となり、共感して動いてくれる仲間が集まっていつの間にか大きな輪に育っていったのです。
最初から完璧を目指して気負う必要はありません。食事の席や散歩中などのちょっとしたタイミングで、身近な人に自分の思いを打ち明けてみる。そんな“ちょうどいい一歩”から、誰もが自然に理解し合える優しい社会を、ぜひ一緒につくっていきましょう。
